㈱トムコ発行の情報紙(1996年~2019年発行)に掲載されたつぶやきから抜粋して随時皆様にお届けします。
今回は1998年1月のコラムです。
私の家の隣に70坪くらいの空き地がある。夏の終わりには雑草(と私は思っていない)も刈り取られ、すっきりとした広場となってしまうが、春から夏にかけては、しろつめぐさ、からすのえんどう、はるしおん、ねじばな、たんぽぽなど、さまざまな野の草花でみごとな野原となる。一日中部屋に座っていることの多い私には、毎日のように虫を追う子どもたちの姿が楽しい。
あれは確か7月の初めだったと思うが、散歩をした帰りに、ぶらっとその空き地に入った。ねじばながすっきりと立ち、かわいいピンクの花をつけているのを見ていると、どこからか、ぱちっ ぱちぱちっと乾いた小さな音が聞こえてくる。はっきりとしているのに、遠く別世界から聞こえてくるように優しい響きだ。空耳かもしれないと思い耳をすましてみたが、やっぱり聞こえる。音のする方へ、深くなる草むらを入っていった。どうやら一面からすのえんどうがからみついているあたりからのようだ。
変わった鳴き方をする虫がいるものだと思いながら音のする方を覗き込んだ。と、音のする場所が変わり後ろの方から聞こえてくる。逃がすものかと注意深くそのあたりを睨み付けていて、あっと思った。虫ではない。からすのえんどうの実がはじける音だったのだ。ことばが出なかった。風に揺られもせず、つつかれもしないのに、自らくるんと丸くなってはじけ、黒い小さないのちを送り出している。私はしばらくの間、豊穣なる気持ちでそのいのちの営みにみとれていた。
つい先日、親和女子大の私の講義で、子ども達は命の大切さについて教えられはするが、彼らが具体的に命を認識するのはいつ、どんな時なのだろうかという話をした。学生たちは親からそれを教えられたが具体的な命を感じる経験はなかったように思うと書いている子が多かった。
私たちは自然との共生の中で、様々な生き物や自らの命を感じ、認識していくのではないだろうか。都会的な暮らしの中で、その機会は少なくなり、命の重みがどんどん軽くなっていくことを恐ろしく思う時がある。
~岸本進一先生PROFILE~
神戸市北区在住の児童文学者。著書「ノックアウトのその後で」(理論社)にて1996年日本児童文芸家協会新人賞受賞。その他、ひだまりいろのチョーク(理論社)・とうちゃんのオカリナ(汐文社)・はるになたらいく(くもん出版)など、著書多数。
小学校教諭として23年間勤務。故灰谷健次郎氏と長年親交があり、太陽の子保育園の理事長も勤めた。
Radish STYLE編集部
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