人間の欲って恐いなって思う時がある。アメリカの心理学者、マズローが人間の欲望を5段階に分け、その最上位に「自己実現欲」を挙げていることは有名だが、そんな高尚な欲ではなく、むしろ仏教でいう五欲の方だ。財欲・色欲・飲食(おんじき)欲・名欲・睡眠欲の5つ。その中の色欲、飲食欲、睡眠欲は動物に共通の、生命を維持し、子孫を残していくのに必要なものだ。ただ、人間はその欲望さえ歪めてしまい、様々な恐い問題を起こしていることは周知のとおりだ。しかし私が恐いと思うのは、人間にしかない財欲、名欲の2つだ。名欲は権力欲と置き換えてもいいかもしれないと私は考えている。権力欲となると、集団生活を営むサルなどの動物にもあると言えるが、人間のそれは、そんなに生易しいものではないと思う。今回の兵庫県の斎藤知事の起こした問題もその恐さが表れたような気がする。
私の友人だった児童文学者の灰谷健次郎氏は、いつも言っていた。「勉強ばっかりしていい大学に行ったエリートなんて・・・」と。一概にそうとばかりは言えないが、当たっているなと思うことは多々あった。斎藤知事は東大を出、総務省に入り、若くして知事になったという典型的なエリート。おそらく権力を捨て難いために「公益通報制度」の取り扱いを誤ったのかもしれないと思われる。
権力というのは一度手に入れるとそれを使うことの心地よさ、またはそれを失うことの怖さに引きずられるのではないだろうか。勤めていた校長にもその心地よさを感じている人が何人もいた。そして校長を辞めると、気の抜けたような生活を送っている人も。私は会社組織の経験がないので、良くは知らないが、権力の上下関係のあり様は学校どころではないらしい。総務省などのエリート官庁ではもっとすごいのだということも知っていた。斎藤知事もその上下関係を踏襲したまでなのだろう。そういう組織が恐ろしさの巣窟だ。
私は小さい組織だが「太陽の子保育園」の理事長を数年間務めたことがある。しかし、全くの無給である。これは開園当初からで、歴代の理事長は無給でやってきた。給料をもらうと、何かをしなければという意識が働いたり、無意識にその地位を手放したくなかったりするが、無給だとそんな意識は起こらない。人事権があるので新任の保育士さんの採用には立ち会わなければならない。当然何かがあると責任は取らなければならないから、運営についても話をする。しかし基本的にはほぼすべて働いている園の方々での話し合いでことは進んでいた。私たちは権力を持つことの恐ろしさを十分理解していたから。
話は変わるが、私の友人にかなりの技量を持った画家がいる。個展をしても圧倒されるほどだ。「なぁ、どうして絵を描き続けるん」と聞くと「私、有名になりたいねん」との答え。「それあかんと思う」と言ってもどうも通じない。素晴らしい絵画なのに、いつも絵のどこかに、「私、上手でしょ」という部分が隠れている。楽しく、無心に描けばもっといいと思うのに。関連するが、楽しく、無心に政治家になった人は少ないに違いない。多くが、有名欲、権力欲が後押ししているのだろう。この欲というのは何か問題を起こす可能性を多々秘めているのだ。
私は子どもが生まれた時、子育ての方針として、この欲、そして財欲を持たないように育てるのはどうすればいいのかと考えたことがある。その方法は見つからなかった。ただ一つ気を付けようと思ったことがある。自分自身がそれを持たないようにすることだ。幸い権力は大嫌いで、むしろ権力に逆らうことに生きがいを感じる質だ。しかし有名になりたい欲には少し傾いた時期がある。ラジオのレギュラーを7年勤め、ある程度知られるようになり、書いた児童文学が新人賞を受賞し、それなりに講演依頼も来た。もっと・・・と心の底で思っていたと思うが、ある時、知的障害を持った子が無心に楽しんで、とても私には描けないような感動的な絵を描いているドキュメントを見た。その時ハッとした。この子の絵はアンコール・ワットの遺跡と同じように、何千年も残る可能性がある。私が有名になったところで10年もすれば忘れられるだろう。かくして現在の平凡な暮らしを選んだが、それで幸福度が落ちたと感じたことは一度もない。子育ての時気を付けてやることは、子どもが、夢中で、無心に楽しめることを見つけてやることだろうと今は考えている。自分もそうありたかったなとも。
(児童文学者 岸本進一)
Radish STYLE編集部
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